ドラマやメディアに見る着物

あさが着た・新次郎さん(玉木宏)の着物 着こなしに注目!現在男性の着物コーディネイトの参考にも。

NHK「 あさが着た」の新次郎さん、着物の着こなしが決まってます。玉木宏さんの着物姿は抜群にカッコいいですね!新次郎さんのお洒落のポイントは着物と羽織を違う生地で上手にコーディネイトしているところ。例えば他の旦那衆は「お対(おつい・着物と羽織が同じ生地)」が多いのので、新次郎さんの技あり!な着こなしが強調されます。

1月9日・今日のコーディネイトはオフホワイト地に縞の着物(生地に凹凸があったので塩沢御召しかも?)+紺色の市松模様の羽織(お召し?又は小紋の染め柄?)+茶色の角帯(博多織り・献上柄)。着物と羽織のコントラストでスマートさが強調され、帯の茶色がアクセントになっています。半衿は黒。黒の半衿は汚れが目立たなくていいんです。
今回のドラマ衣裳は時代考証よりも人物像を浮き上がらせることに重きをおいている様です。新次郎さんの着こなしは、現代男性の着物コーディネイトの参考になりますよ(o^-^o)
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NHK連続ドラマ「あさが来た」着物の話。 ドラマのモデルはあの三井家出身の広岡浅子。実際の浅子さんの小袖はスゴかったはず!

NHK連続ドラマ「あさが来た」ヒロインのモデルはあの三井家出身の広岡浅子。三井家と言えば、呉服商・越後屋を興した三井高利を祖とします。後の「三井財閥」や「三越」。

広岡浅子は三井出水家(明治以降は小石川家・ 三井本家5家の1つ)・三井高益の三女として生まれました。あの越後屋の系譜だけあって三井家の小袖(着物)の意匠(デザイン)には円山派など一流の絵師たちが関わり、友禅や刺繍技術も当代随一の職人によるものです。文化学園服飾博物館 には三井家伝来の小袖が集められているのですが、当時の栄華が偲ばれます。こちらの所蔵品は南三井家(三井本家の1つ)が中心なのかもしれませんが???、当然、浅子さんの実家・三井出水家の人たちも最高峰の小袖を着ていたはず!
 ・・・っと言うわけで、ドラマでの「あさちゃん」の衣装はどう見ても撮影用の軽めな感じですが(ごめんなさい<(_ _)>)、実際の浅子さんは大変なお嬢様なので、見事な小袖を着ていただろうと想像します。
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文化学園服飾博物館編集発行 書籍より

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NHKあさが来た  〜着物の話〜 おひきずり

NHKあさが来た 「 おひきずり 」

江戸時代中期、小袖の丈を長くして引きずる着方が一般に広まりました。これは元々、高貴な公家や武家の女性が裾を引いて歩く優雅な着方(公家は大袖、武家は小袖)をまねたもの。裕福な商家の女性ともなると家の中では前身頃を裏返し裾を引いて歩いていたようです。仕立て方は、お端折(おはしょり)を取る今の着物よりも衿先の位置が高く(衿先が帯の下で隠れる様に)、裾には綿を入れて袘(ふき)を大きくしていました。

 外出する時には腰の位置で持ち上げて留めていました。「抱え帯」または「しごき」 (今でいう腰紐の役割)で留めたのです。これがお端折(おはしょり)の始まり。ちなみに、「しごき」は今の七五三や婚礼の花嫁衣装に残っています(帯の下側に赤や緑など鮮やかな布が巻く習慣)。
※NHKの公式ホームページに、はつさんの「お引きずり」姿があります。あささんはお引きずりの着物の裾を上げています。

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あさが着た(NHK連続テレビ小説)の着物に注目!幕末〜明治  先ずは黒繻子の半衿

 「あさが着た(NHK連続テレビ小説)」10月から始まりますね。

時代は幕末〜明治。やっぱり目が向くのは着物です!予告でも目に付くのが黒い衿ではないでしょうか。これは黒繻子の掛け衿。今の着物姿には見られませんが、単純に汚れ防止です。衿は汗で最も汚れ易い部分なのと、髪を結う為に使う鬢付油(びんつけあぶら)が衿に付いても目立たないようにする為の工夫なんです。主に庶民の習慣ですが、数少ない着物を大切に着ていたことがよく分かります。
 今の着物も実は地衿(下地になる衿)に「掛け衿」を付けています。共布(着物全体と同じ色・柄・生地の掛け衿)なので、分かりにくいと思いますが、衿がヒドく汚れたら付け替えることができます。

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マッサン(NHK) でエリーが着てた振袖 「お引きずり」1月10日

今日のマッサン、悲しい別れでしたね。亀山早苗さん(泉ピン子さん)広島弁上手になったのに(;ω;)。
エリーさん久しぶりの着物姿は振袖の「お引きずり」。帯を締めた上から掛ける打掛とは異なります。また成人式に着るの振袖とは違い、裾に綿が入って立体感があります。おはしょりをとらずに着物丈分そのまま下ろすので、お引きずりになります。
模様は黒地に松竹梅の友禅模様。朱色の袋帯(または丸帯)が華やかに結んでありました。
◎帯締:赤の丸絎け(まるぐけ)
◎帯揚:赤の総絞り(よく見てないけどたぶん*^.^*)
◎しごき: 帯の下側には赤い「しごき」が締めてありました。「しごき」又は「お垂らし」は七五三でもします。
◎半衿:刺繍の白半衿をたっぷり見せているのも婚礼衣装らしいですね。

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花子とアン(NHK)の着物についてのコメントが圧倒的1位!

「きもの大好き呉服屋日記」 平成26年ランキングsign03

今年最も読んで頂いたコメントは圧倒的に「花子とアンの着物について」でした(o^-^o)。蓮子さんや醍醐さんが着ていたアンティークの華やかな着物が話題になりましたよね!花子さんの着物の移り変わり、TPO、家紋も時代や地域性を捕えていて見どころいっぱいでした。

1位:「花子とアン」葉山蓮子(仲間由紀恵)の着物 訪問服と小紋

2位:ベンジンで着物のシミ抜き 

3位:NHK連続テレビ小説「マッサン」  広島弁が巧い!

4位:ベンジンの処分方法( きものシミ抜き)、5位花子とアン 結婚式の着物 7月15日、6位: 「花子とアン」のアンティーク着物について、7位: 花子とアンの着物 8月14日 白の喪服、8位:花子とアン 結婚式の着物② 家紋と女紋 7月15日

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マッサン(NHK)  で総絞りの羽織

NHKマッサンFacebook 参照

 マッサンでキャサリン(浜田マリ)さんが総絞りの羽織着てました。羽織紐も鮮やなピンクと水色で、アンティークと言うか古着ですね。総絞りの羽織は恐らく1970年代まではよく着られてたんだと思います。
 当店にも在庫がありますが、私がこの業界に入った90年代には全く売れない品物になっていたので、ずっと残っています。写真の通り、品物の段階では子供のちゃんちゃんこ見たいに小さいんですよ!これを解いて、巾出しして(通常の反物巾に伸ばす)羽織に仕立てます。
 売れる見込みはないのですが、手の込んだ品物なので大事に持っています(o^-^o)
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マッサン(NHK)の着物 「家紋と女紋」 10月2日

 今日のマッサン、法事で皆さん紋付の着物姿でした。同じ亀山家でも男性(政春:玉山鉄二、政志:前田吟)の紋と女性(早苗:泉ピン子)の紋が違うのが分かりましたか?これは「家紋」と「女紋」の違い。関西以西の広島では「女紋(家紋とは言わない)」の風習があって、女性は実家の母親から代々紋を受け継ぐので、嫁ぎ先の家紋とは違ってくるわけです。

◎早苗:泉ピン子 (女紋) 紋名:向い蝶   ※女紋には紋の周りに丸が無いものが大部分です
Mukaicyou
◎政春:玉山鉄二 (男紋) 紋名:丸に〜〜〜???  (姫路市の紋章に似ているけど???^-^;)
Kamon2←あくまでもイメージです(*´v゚*)ゞ
 
前回の「花子とアン」は関東のお話なので、「女紋」は存在せず、同じ家なら男女とも同じ家紋です。

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マッサン(NHK)でエリーが着てた着物 10月1日

「マッサン」NHK・Facebook参照  

スコットランドからやって来たエリーさんの初着物!青磁色がとってもよく似合ってましたね。着物は色無地。法事に出席するので、黒の帯に白の帯締め(丸ぐけ)と白の帯揚げを合わせていました。これは色喪服。現代の色喪服の装いでは小物は黒の帯締め(平組み)と黒の帯揚げが一般的ですが、昔は白をしたんでしょうね(明治頃まで喪服自体が白だったので)。
 無地の着物って江戸時代から着られていたと思いますが、大正時代には商家でこんな風に着られていたのかな?と想像しながら見てました。色無地の歴史について書いてある文献ってあまりないし、時代が重なってる「花子とアン」でも色無地は出てこなかったですよね。いい機会なので、色無地の歴史について調べてみたいと思ってます(o^-^o)。
※色喪服:紋付の色無地(ピンクなどの華やかな色は着ない)に黒の名古屋帯、帯締め、帯揚げを合わせて法事に着る。

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花子とアン最終回の着物 9月27日

「花子とアン」爽やかなフィナーレでしたね。
 最終回、花子さんが「赤毛のアン」出版記念で着ていた着物。季節は夏。絽の小紋(浅葱色に白抜きで撫子模様)に三つ紋の黒羽織(薄もの)に白の羽織紐でした。
 現代なら訪問着に帯付きが一般的な場所ですが、準礼装の訪問着が広く浸透していなかった時代は、小紋や銘仙、御召しなど普段着の上に黒紋付の羽織を着ることで晴れの着物としました。訪問着や附下といったフォーマルの着物や黒絵羽が浸透していった昭和50年代から徐々に姿を消して行ったスタイルです。
 蓮子さんは左胸に模様が見えたので、附下か訪問着だったようです。

花子とアン公式ホームページ参照

 あさってからは「マッサン」。私の地元・東広島市のお隣り「竹原」からドラマがはじまります!またまた着物の時代ですね(o^-^o)

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